最高裁判所第三小法廷 平成6年(行ツ)136号 判決 1998年12月18日
東京都文京区<以下省略>
(商業登記簿上の本店東京都千代田区<以下省略>)
上告人
株式会社一光社
右代表者代表取締役
甲山A夫
同 文京区<以下省略>
上告人
株式会社英友社
右代表者代表取締役
乙川B雄
同 文京区<以下省略>
上告人
株式会社凱風社
右代表者代表取締役
丙谷C郎
同 千代田区<以下省略>
上告人
丁沢D介
同 新宿区<以下省略>
上告人
垣内出版株式会社
右代表者代表取締役
戊野E作
同 千代田区<以下省略>
(商業登記簿上の本店東京都新宿区<以下省略>)
上告人
右代表者代表取締役
己原F平
同 新宿区<以下省略>
上告人
株式会社技術と人間
右代表者代表取締役
庚崎G吉
同 千代田区<以下省略>
上告人
株式会社教育史料出版会
右代表者代表取締役
辛田H夫
同 千代田区<以下省略>
(商業登記簿上の本店東京都中野区<以下省略>)
上告人
株式会社現代書館
右代表者代表取締役
壬岡I雄
同 中野区<以下省略>
(商業登記簿上の本店東京都練馬区<以下省略>)
上告人
株式会社健友館
右代表者代表取締役
癸井J郎
同 千代田区<以下省略>
上告人
株式会社源流社
右代表者代表取締役
丑木K介
同 港区<以下省略>
上告人
恒友出版株式会社
右代表者代表取締役
寅葉L作
同 文京区<以下省略>
上告人
株式会社社会評論社
右代表者代表取締役
卯波M平
同 文京区<以下省略>
上告人
株式会社新泉社
右代表者代表取締役
辰口N吉
同 文京区<以下省略>
上告人
株式会社蒼樹書房
右代表者代表取締役
巳上O夫
同 新宿区<以下省略>
上告人
株式会社第三書館
右代表者代表取締役
午下P雄
同 文京区<以下省略>
(商業登記簿上の本店東京都千代田区<以下省略>)
上告人
株式会社柘植書房
右代表者代表取締役
未山Q郎
同 新宿区<以下省略>
上告人
株式会社冬芽社
右代表者代表取締役
申川R介
同 新宿区<以下省略>
上告人
株式会社図書出版社
右代表者代表取締役
酉谷S作
同 文京区<以下省略>
上告人
株式会社七つ森書館
右代表者代表取締役
戌沢T平
同 文京区<以下省略>
上告人
株式会社八曜社
右代表者代表取締役
亥野U吉
同 文京区<以下省略>
上告人
有限会社批評社
右代表者代表取締役
甲川V夫
名古屋市<以下省略>
上告人
乙谷W雄
東京都港区<以下省略>
上告人
株式会社ブロンズ新社
右代表者代表取締役
丙沢A郎
同 文京区<以下省略>
上告人
有限会社ぺりかん社
右代表者代表取締役
丁野B介
同 文京区<以下省略>
上告人
株式会社めこん
右代表者代表取締役
戊原C作
同 豊島区<以下省略>
上告人
株式会社めるくまーる
右代表者代表取締役
己崎D平
同 文京区<以下省略>
上告人
株式会社緑風出版
右代表者代表取締役
庚田E吉
同 新宿区<以下省略>
上告人
株式会社れんが書房新社
右代表者代表取締役
辛岡F夫
同 千代田区<以下省略>
上告人
株式会社論創社
右代表者代表取締役
壬井G雄
右30名訴訟代理人弁護士
角南俊輔
山口廣
星正秀
東京都千代田区<以下省略>
被上告人
公正取引委員会
右代表者委員長
根來泰周
被上告人
国
右代表者法務大臣
中村正三郎
右両名指定代理人
竹内秀明
右当事者間の東京高等裁判所平成4年(行コ)第46号行政処分の取消等請求事件について、同裁判所が平成6年4月18日に言い渡した判決に対し、上告人らから上告があった。よって、当裁判所は次のとおり判決する。
主文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人らの負担とする。
理由
上告代理人角南俊輔、同山口廣、同星正秀の上告理由第一について
記録に照らせば、本件公表文の公表が抗告訴訟の対象となる処分に該当しないとして被上告人公正取引委員会に対する訴えをいずれも不適法とした原審の判断は、正当として是認することができる。論旨は、独自の見解に基づき又は原判決を正解しないでこれを非難するものにすぎず、採用することができない。
その余の上告理由について
原審の適法に確定した事実関係の下においては、本件公表文の公表等が違法なものとはいえないとした原審の判断は、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、違憲をいう点を含め、独自の見解に基づき又は原判決を正解しないで原審の右判断における法令解釈の誤りをいうものにすぎず、採用することができない。
よって、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 金谷利廣 裁判官 園部逸夫 裁判官 千種秀夫 裁判官 尾崎行信 裁判宮 元原利文)
<参考>上告理由書
(平成6年(行ツ)第136号 上告人 株式会社一光社 外29名)
上告代理人角南俊輔、同山口廣、同星正秀の上告理由
第一、 原判決に影響を及ぼすことが明白な法令解釈の誤り(民訴法第394条)
一 1審判決及び2審判決は、いずれも、
「本件公表文は、その記載の内容からして、独禁法の規定の解釈等について公取の考え方を説明したに止まるものであり、直接国民の権利義務に法的な影響を及ぼし、あるいはその範囲を具体的に確定するという効果を持つものではなく、仮に上告人らが本件公表文の内容に従わざるを得ないという事情があったとしても、そのような事情は本件公表文の事実上の効果にすぎない」
との趣旨の判断をしている。
二 しかし、右1、2審の判断は、行政事件訴訟法第3条第2項は、取消しを求めうる訴訟として、第1に行政庁の処分、第2に「その他公権力の行使に当たる行為」を規定している。
右の第2の「その他公権力の行使に当る行為について、行政事件訴訟法の制定に関与された故杉本良吉氏は「ここに『行政庁の公権力の行使』とは、法が認めた優越的地位に基づき、行政庁が法の執行としてする権力的意思活動を指す。その代表的なものは、行政法上の法律的行為あるいは準法律的行為たる性質をもついわゆる行政処分であるが、それにとどまらず、行政庁が一方的に行う事実行為的処分が相手方の権利自由の侵害の可能性をもつものを含む」(杉本良吉著『行政事件訴訟法の解説』法曹会刊、9頁以下参照)と解説している。
三 本件公表文は、独禁法第43条の規定により、公取委が、まさに優越的地位に基づき、法の執行としてする独禁法第24条の2の第1項の「再販価格」の一方的解釈を示した権力的意思活動であり、しかも、そこに定価の表示方法についてまで、何らの法的根拠なしに指定したものである。
そして、本件公表文は、上告人らの権利、自由の侵害の可能性をもつものである以上、「公権力の行使に当たる行為」として、行政事件訴訟法の抗告訴訟の対象となるものである。
四 しかるに、1、2審判決は、ただ、「本件公表文の公表は、抗告訴訟の対象となる行政処分には該当しないから、不適法却下すべきもの」と判断するのみで、「公権力の行使に当たる行為」であるかどうかの判断を遺脱している。これは、行政訴訟法第3条第2項の解釈を誤ったものとして、1、2審判決をその範囲で破棄すべきものである。
第二 独禁法24条の2の解釈の誤りなど
一 上告理由の骨子
1 原判決は、独禁法24条の2第1項にいう「再販売価格」は消費税相当分を含んだ価格であるとして公正取引委員会がこの税込価格の表示を書籍本体に明記するよう指示(この性質に争いはある)したことが適法である根拠としている。
しかし、これは消費税法4条、5条、6条及び税制改革法11条の解釈を誤った結果、独禁法24条の2第1項の再販売価格は税込み価格であるという重大な法令解釈の誤りを犯している。当然、この誤りは判決に影響を及ぼすこと明らかである。
2 原判決は、書籍の再販売価格維持行為としては税込み価格(原判決のいう「再販売価格」)の確定行為のみならず、「最低販売価格、値引きの限度額又は率、値幅のある価格帯等を定めることが含まれる」(13頁)と認めて、書籍の本体価格を確定する如き再販売価格維持行為も前提として是認している。ところが原判決は「本件公表文は現実の取引において再販売価格の決定が消費者に小売りされる特定の価格(定価)の決定としてなされていることを前提とした上」税込み価格の表示を指示したのだから「正当というべきである」とした(14頁)。
この判決の立場こそ、行政追随、現状追認の典型例である。本件公表文の実施までは消費税はなかったのであるから、再販売価格維持行為のあり方としては本体価格を定価とし、これを再販売価格とすることに何ら異論をさしはさむ理由はなかった。しかし、新たに消費税が導入されたために再販売価格維持行為のあり方や表示のあり方について出版業界内でも論議がおこったのである(公取委はこの論議に何の法的根拠もないのに権限外の介入をした)。原判決の右認定の誤りはあまりに明白な誤りであり、経験則上是認し難く、判決にも明らかな影響を及ぼすものである。
3 原判決は、公正取引委員会が定価表示のあり方について上告人らに対し具体的に指示する公表文を適法とした。そしてその根拠について、「本件公表文が内税方式の表示を強制しているものということはできない。」(18頁)としつつ、「著作出版物における再販売価格は従前から特定価格を決定維持することが多かったこと」及び「右再販売価格については(中略)昭和40年代から被上告人公取委においてその指導を行ってきたものであり」今回の公表文も「これらの事実を背景として」なされたものであることをあげる(18、19頁)。
右の根拠は何ら法的根拠たりうるものではない。要するに今までどおりの指導をしただけだし、強制しているものではないから、是認していると述べているだけである。しかし、現にこのような指導がかねてよりなされてきたために、上告人らは公取委の指導に従って定価表示をしてきたし、今回もこれに一律に従わざるをえなかった。その意味で強制力があることは実態として明白である。更に、これまでやってきた指導と今回の公表文とでは法的社会的意味が全く異なる。消費税導入にあたって税込み価格の表示を指示されれば、自ずからシール貼り等のための多大な費用と手間が避けられないのである。レジ転嫁方式をとればこのような手間と費用は不要であった。
かかるに意味において、公取委が法的根拠がないまま行った公表文の公表による書籍の価格表示のあり方についての指示は、法的に何ら根拠のないものであって違法である。
原判決は、公正取引委員会のなした公表文の公表等の行為が独禁法上定められた法令に違反してなされたものであることを看過ごしたものである。
4 公正取引委員会の誤った行為(公表文により価格表示の仕方を強制したこと、価格表示として税込み価格を表示すべきとしたこと)によって、上告人らが被った財産上の損害は甚大である。この誤った公取委の行為のために、上告人らは憲法29条1項規定の財産権を侵害された。
また、憲法29条2項は財産権の内容(本件では出版社である上告人らの出版業務上の財産権)は、「公共の福祉に適合するやうに、法律でこれを定める。」と定めている。公正取引委員会は本件公表文により、出版業務上の財産権が独禁法等の法令で「公共の福祉に適合するやうに」定められているにもかかわらず、これに違反して法律上の根拠なく財産権を侵害したものである。
5 これら4点を論証するため以下論述する。
二、 再販売価格は税込み価格か
1、 本件訴訟の第1の争点は、独禁法24条の2第1項の再販売価格には本体価格の外、消費税を含むと解すべきか否かという点にある。
公取委は「再販売価格は消費税込み価格である」という解釈を前提として、書籍には税込み価格を表示すべきであるという立場をとって行政解釈を再三示し、また公表文まで出して表示の徹底を図った。このため、上告人らは大量の在庫書籍の1冊1冊について税込み価格表示のためのシール貼り等余計な業務を強いられることになり、多大な損害を被った。業界全体では500億円とも800億円とも言われる事態をもたらしてしまったのである(癸木証言)。
右公取委による公表文の公表当時、業界を二分していた書籍定価の表示のあり方についての論議は、公取委の「再販売価格=税込み価格」説のおしつけによって強圧的に収束させられてしまったのである。
2、 この争点について原判決は1審判決の次の判断部分を削除した。
「そうすると、独禁法24条の2第1項にいう再販売価格は、論理的にいって消費税相当分を含んだ価格として消費者が書店に支払う価格でしかあり得ないこととなる。
したがって(中略)この小売段階の再販売価格を消費者が支払う消費税込みの価格であるとする本件公表文中の被告公取の法解釈が、法律的にみて正しいものというべきことになる。」
ところが原判決は、結論としては1審判決を維持して、独禁法24条の2、第1項が全く予定していなかった消費税について、税込み価格が再販売価格であると決めつけている。
原判決が理由として述べているのは結局公取委の主張のとおりであって、次の3点に尽きる(1審判決17、8丁)。
①、 独禁法24条の2第1項は、書店が書籍を販売する価格をもって、再販売価格だと定義しており、
②、 消費税法4、5条は、消費税の納税義務者は事業者であって消費者でないとしており、
③、 「書籍の価格の中には実質的・経済的にみると消費税相当分が含まれていることとなる。」
つまり、書店の書籍代金中に税が含まれており、それを書店が納税するのだから、書籍の販売代金、即ち再販売価格に税が含まれていると見るべきというのである。
3、 公取委は、原審準備書面(1)の5頁8行目以下で、書籍の再販売価格とは、書店が書籍を販売する価格をいうのであるから、「この価格は、消費者が当該商品(書籍)の購入に際して現実に支払う価格」であると主張する。
しかし、公取委の主張のとおり、再販売価格とは「書籍を販売する価格」をいうのであって、この販売価格は必ずしも「消費者が現実に支払う価格」と同一価格でなければならない理由はない。「販売価格」は本体価格であって、消費者はこれに消費税3%を上乗せした金額を支払うこととしても、何ら独禁法24条の2と矛盾はないのである。現にデパートやスーパーマーケットの一般商品はこのように表示されている。また、書籍等再販商品についても同様の取扱がなされている。
公取委は、如何なる法的根拠に基づいて「販売価格」が即ち「消費者が現実に支払う価格」と同一でなければならないと言うのか、原審でも結局明らかにしなかった。明らかにできないのである。
独占禁止法24条の2には、右の如く、書籍の販売価格と消費者が現実に支払う価格が、同一でなければならないと決めつける条項はない。そうである以上、公取委はそのように解する法的根拠を示さなければならない。この点について公取委は明らかにできないままである。
4、 甲第105号証の1、2及び癸木証言から、公取委が主張する再販売価格は税込み価格という考え方が現実の消費社会でも崩壊し、理論的にも成り立たなくなっていることが明らかになった。
即ち、公取委の主張する「定価=再販売価格=(本体価格+消費税)」という考え方によれば、再販売価格は全国どこでもメーカー(出版社)の指示通り、一律の価格であるべきことになる。ところが現実にはこれがそうなっていないのである。
(一)、 公取委のいう再販売価格1700円(1650円+消費税)の『女ざかり』なる書籍は、リブロでは1699円で売られている。本体価格は同じ1650円であるが消費税の計算方法が異なり、端数切り捨てになっているからである。このような矛盾はレジのところで本体価格に3%を上乗せしているチェーンストア協会傘下の小売店では広範に行われていることである(癸木調書7丁表、21丁)。税込み240円の雑誌も同様に239円で売られている(同20丁裏)。
(二)、 さらに、メーカーのひとつ岩波書店の岩波文庫でも、本体価格による小売り価格の指定ができないために、従来480円だった文庫本を税込みで490円の価格表示にしてしまった。480円の本体価格表示であれば、税込み494円で売れるのであるが、税込み490円の新表示の本よりも高くなってしまった。税込み価格を再販売価格とする考え方に立ったための矛盾の現れのひとつである(癸木調書16丁)。逆に中公文庫ではその逆に新価格表示の本が本体価格も値上げした結果になってしまっている(右同)。
(三)、 小売り店の現場では、「普通の百貨店や量販店で……別途に消費税を負担していただきます、という表示を必ずといっていいくらい」つけており、これで「消費税というものはあくまで消費者が負担するものだと……理解」されてきた(癸木調書26、7丁)。このような取引の現場の実感からしても、何故税込み価格が再販売価格であり、しかもそれが書籍に表示されなければならないのか。この疑問に原判決も公取委も何ら解答を出していないのである。
三、 再販売価格維持制度の趣旨にかんがみても公取委は誤り
公取委の主張は再販売価格維持行為についての独禁法の規制の趣旨を誤った重大な誤りを犯している。
1、 再販売価格維持行為とはメーカーが小売段階等流通経路の下流の販売価格を種々の方法で縛ろうとするものである。決して末端の消費者が現に支払う価格だけでなく、マージンやリベート、卸売り価格と小売価格の割合などをメーカーが決定して、下流業者を実質的に制限する行為であればすべて再販売価格維持行為になる。
独禁法の趣旨は、メーカーが流通の下流の価格を、どのような形にしても拘束する行為を禁止するものである。その例外として書籍等の法定再販が認められている。メーカーが税込み価格であろうと本体価格であろうとこれを拘束すれば独禁法違反になるように、本条項は双方とも再販売価格の概念に入るといってよいのである。
したがって、このような再販売価格維持行為を例外的に認めている独禁法24条の2第1項にいう販売価格も、単に末端の消費者が現に支払う価格に限定されるものではなく、本来相当に幅のある概念ととらえるべきである。
原判決は法24条の2第1項の「販売する価格」という、多様な解釈の余地のある表現を公取委の主張に沿って解釈して前記判断を下したが、前記独禁法の趣旨からして根本的に誤っている。
1審判決は原告の主張を排斥するにあたって次の如く述べた。
「消費税相当部分を除外した商品の本体価格に相当する部分のみについてその価格を決定し維持するための再販行為をも許容しているものと解することはできないから、原告らの主張を採用することはできない。」
かかる論述は、再販行為の例外的許容を定める独禁法24条の2についての解釈を誤るものである。この上告人らの主張について、原判決は一定の理解を示して次の如く述べた(13頁)。
「確かに、不公正な取引方法の一般指定12項により禁止される再販売価格維持行為とは、売手が取引の相手方(流通業者や小売店)の販売価格(再販売価格)を決定し、これを維持するために介入することをいい、販売する価格の定め方も、消費者に現実に小売りする特定の価格を定める場合だけでなく、最低販売価格、値引きの限度額又は率、値幅のある価格帯等を定めることが含まれる。したがって、再販売価格維持行為を例外的に容認した独禁法24条の2によって認められる再販売価格の決定維持契約においても、右のような形による再販売価格決定維持行為を定めることが許されるものと解される。」
2、 ところが原判決は次の如き誤った前提に立って税込み価格を再販価格として表示することが「正当」とする(14頁)。
「しかし、本件公表文は、現実の取引において再販売価格の決定が消費者に小売りされる特定の価格(定価)の決定としてなされていることを前提とした上、その特定価格の再販売価格を表示する方法であることが認められる。上告人らの主張も、右本体価格を最低販売価格として、消費税相当分以外に幾ら上乗せして売却してもよいとか、小売店は3パーセントの範囲内で自由に販売できるという趣旨ではなく、消費税相当分の3パーセントをどのように表示すべきかというに過ぎないものであることは明らかである。」
第1に、現実の取引において本体価格=定価が再販売価格として表示されてきたのは、消費税がない以上あまりに当然のことである。わざわざ仕入価格やプレミアム付価格表示をする必要もないところである。本件は表示のあり方をめぐって新たな論争のもとになった消費税導入を機として公表されたものであり、現実の取引の実情は一切参考にならない新たな事態である。
第2に、「上告人ら」の主張は「3パーセントをどのように表示すべきかと」というのではなく、本体価格を定価として表示してきた従前の取扱いを認め、レジ転嫁の運用ができるようにしてほしかったというに尽きる。何も3パーセントの表示を書籍自体にしなくても、書棚やレジ等に消費税の転嫁の方針を現状のスーパーやデパートがしているように書店でもできるようにしてくれれば、出版社に余計な出費・手間をかけ、多くの文化財としての書籍の絶版をもたらすこともなかったと述べているのである。
競争制限行為と認められる再販売価格維持行為は多様にありうる。そして、独禁法24条の2は、これら本来禁止されるべき行為類型について書籍等一定の商品について認めた条項である。決して書籍等一定の商品についての再販売価格維持行為のうち税込みの価格を表示するという行為だけを制限的に認めたのではない。書籍の本体価格だけを拘束するような再販売価格維持行為を許さないことは独禁法24条の2のどこからも解することはできないはずである。
四、 消費税法の解釈論
また、消費税法の解釈上も、原判決、公取委ともに重大な誤りを犯している。
1、 たしかに、消費税の納税義務者は事業者とされている。しかし、実質的な税負担者は消費者である。
この点について原判決は次のように述べる1審判決を維持している。
「ただ、経済的、実質的にみて事業者が納税義務を負う消費税の負担が、その消費税相当分の価格が商品の販売価格に上乗せされるという形で、商品を購入する消費者に転嫁されることが予定されている(税制改革法11条)に過ぎない。」(17丁裏)
しかし、原判決も認めるように、「経済的、実質的に……消費者に転嫁される」消費税なのであるから、この消費税を敢えて販売価格に入れて表示するか、本体価格を表示して税の分は別の方法で消費者に支払ってもらうようにするか、いずれを採用するかは事業者の選択に委ねられているのである。
このことは、スーパー、デパートのレジで税を上乗せしている運用実例や、国会での梅沢公取委委員長らの答弁(甲第75号証)等から争いの余地も無いことである。
2、 被上告人の原審準備書面(一)17頁では、公取委の梅沢委員長が本件公表文に示した公取委の考えと趣旨を同じくする答弁をしていると主張し、上告人らの主張を失当であると非難している。
しかし、右準備書面では被上告人らが引用する委員長の答弁にも「ただ、再販商品は……業者の方で内書きにするか外書きにするか、もちろん業者が決めるわけでございますけれども……」と明確に述べており、税込定価表示しか許されないとの本件公表文の考えと全く異なる趣旨の答弁となっている。
被上告人らは、梅沢委員長の「消費者の手元に来たときに、その再販商品のうち消費税額が幾らであるかということをはっきり示すという方法でこれはきちんと指導してまいります。」との答弁が、本件公表文に示した考えと趣旨を同じくする答弁である、と主張するのだろうか。しかし、「再販商品のうち消費税額が幾らであるかということをはっきり示すという方法」とは、税込定価表示だけを示すものではない。税抜定価表示(外書き)であってもレジで転嫁される際に消費税の金額が消費者にはっきり示されれば、書籍本体にまで表示しなくても右答弁の趣旨通り「消費税額がいくらであるかということをはっきり示す」ことになるはずである。
「……業者の方で内書きにするか外書きにするか、もちろん業者が決めるわけでございますけれども……」との答弁に続き、「再販商品のうち消費税額が幾らであるかということをはっきり示すという方法」を指導すると答弁している委員長の答弁を素直に読めば、上告人らの解釈が委員長の答弁の趣旨に沿うものであることは、一目瞭然である。
つまり、梅沢国会答弁では、消費税額の表示は書籍本体に表示する方法でも、レジ転嫁方式でもどちらでもよいとの考えを前提にしていた。決して被上告人主張の如く、税額を書籍上に明記する以外の方法は許されないということまでは考えていなかったのである。
3、 また、原判決は上告人らの主張を次の如く要約した。
「消費税法2条8号及び4条1項の規定が、対価を得て行われる資産等の譲渡に対して消費税を課すものとしながら、同法28条の規定が右対価の額には消費税に相当する額を含まないものとしていることからも、消費者が支払う金額、すなわち対価は本体価格であり、独禁法24条の2にいう再販売価格を消費税込みの価格のみと解すべき根拠はない」(11、12頁)。
この消費税の規定についての上告人の主張について原判決は次の如く述べた(12頁)。
「しかし、右の消費税法28条の規定は、単に消費税の課税標準を消費税に相当する額を含まない資産等の譲渡の対価の額とする旨を規程したものに過ぎず、」。
何故「課税標準を……規程したものに過ぎず」となるのか。消費税が実際の取引でどのように算出されて取り扱われるのか、ということこそ、商品の価格表示においては最も重大な意味を持つのである。独禁法24条の2の再販売価格も実際の取引における対価について運用のあり方を規定しているものであり、このような解釈は誤りである。
4、 原判決は「消費税法28条等の規定にいう『対価の額』と(独禁法24条の2の規定にいう再販売価格)同じ意義であると解すべき根拠は存在しない」という(12頁)。
この判断自体は正しい。何故なら、原判決が前提とするとおり、消費税法制定などという事態を全く予想していなかったのだから。逆にいえば「独禁法24条の2の規程にいう再販売価格の意義」について、これが消費税込み価格であるなどと一義的に解釈しなければならない法的根拠も同様に何ら存在しないのである。
原判決が根拠とする消費税法4、5条や税制改革法11条は、税徴収上の技術的基準を定めたものにすぎないのであって、これをもって独禁法24条の2第1項の解釈根拠とすることは誤りである。
5、 公取委は何故再販価格は税込み価格であるかについて、結局独禁法24条の2の条文解釈上、「商品を販売する価格」には消費税も含まれると解すべきだから、ということ以上に何ら根拠を示すことができない。
しかしながら、第1に、右条文は消費税の導入を全く予想していない規定である。
第2に、再販売価格維持行為は消費者が支払う額(税込み価格)を明示する以外に多様な方法がある。このことは原判決も認めるとおりである。丑葉証人第2回106項は、「再販契約自体でメーカーと販売店の間で再販契約の中身として、例えば本体価格を1000円として、それに消費税分を上乗せした価格を再販価格とするという」決め方、つまり本体価格についての価格拘束も「できる」と証言している。
第3に、価格表示のあり方と再販行為や消費税導入の問題は、法律上の特段の定めがない以上、別途切り離して考えるべき問題である。
しかも、公取委が書籍の価格表示の具体的方法について出版事業者に具体的に指示する権限は何らないのである。丑葉証人(2回105項)も「再販商品について定価表示をした方が望ましいというのは、どういう所に実質的な理由があるんですか。」と裁判官に聞かれて、「物価問題懇談会とか……消費者会議」のことや「再販商品で……消費者がわかるのが望ましい」という証言をするのみで、何ら法的権限上の根拠を述べていない。原審においても、被上告人は結局その法律上の権限を証明できなかった。
6、 消費税を払うのは書店と消費者のいずれかという問題は、消費税の課税標準価格をどう計算するかについての規定と同様、徴税上の技術的規定であって、これをもって消費税込み価格が再販売価格であると決めつける根拠とはなり得ない。
どうしても、このような決めつけをしたいのなら、フランス法のように「書籍の価格表示は消費税込み価格を明示すべき」と定めた特別法が不可欠である。
五、 独禁法24条の2第1、4項の趣旨
1、 独占禁止法24条の2第1項及び第4項に規定される「その物の再販売価格」(4項)や「販売する事業者がその商品を販売する価格」(1項カッコ内)とは何か。
公取委は「この価格は、消費者が当該商品の購入に際して現実に支払う価格」であり、消費税を含むものであると主張する。そして、かかる主張を前提とするために、この再販売価格を書籍本体に表示するにあたって、消費税込みの価格も消費者に判るように明記すべきである、という法的根拠のない強制を行った。
しかしながら、同法24条の2に規定された再販売価格に消費税が含まれると一義的に解する法的根拠は全くない。同法24条の2第4項は「著作物を発行する事業者」すなわち上告人等出版社が「その物の販売の相手方たる事業者」すなわち取次店や書店等との間で「その物の再販売価格を決定し、これを維持するためにする正当な行為」について、例外的に独禁法の規制対象から除外したものである。
再販売価格とは本来出版社が取次店や書店との間で決める価格のことであるから、種々の決め方があってよい。一義的に消費税が再販売価格に含まれるとする根拠は何もない。
2、 そもそも法24条の2の規定の趣旨は何か。
(一)、 この点について最高裁昭和50年7月10日第1小法廷判決(和光堂育児用粉ミルク再販事件、民集29巻6号888号)は次のように述べる(同月2日最判2小、明治商事事件判決も同趣旨、民集29、6、951)。
「〔独禁法24条の2の〕規定は、再販売価格維持行為が拘束条件付取引に該当し、『正当な理由』がないかぎり違法とされるものであることを前提として、ただ、〔公正取引〕委員会が、販売業者の不当廉売又はおとり販売等によって生ずる製造業者の商標の信用低下等の弊害を防止するため、競争確保の要請を考慮してもなお価格維持を許すのが相当であると認めて指定した一定の商品並びに特殊な沿革的理由をもつ著作物の再販売価格維持行為にかぎって、例外的に、『正当な理由』の有無を問うことなくこれを違法としないこととしたものであって、販売業者間の競争確保を目的とする一般指定8とは経済政策上の観点を異にする規定である」
すなわち、同条項は、再販維持行為は競争制限的行為であるから、本来独禁法の規制対象になるが、著作物については特別にこれを規制対象から外すことを定めたものにすぎず、出版社と取次店や書店との間でなす再販売価格を決定し維持する行為はどうあるべきかということまで定めたものではない。
(二)、 どのような行為が再販売価格維持行為に該当するかについては著作物や指定再販商品以外の商品等について多数の判例や審決例がある。判例や審決例の基本的立場は、たとえ末端販売価格を拘束するものでなくても「当該商品の販売分野における競争の実質的制限」になる行為であれば再販価格維持行為に該当するとしている(昭57・7・27、日糧製パン事件、判例100選3版36頁)。この事件では、標準小売価格の外、一定の掛け率を乗じたものを小売業者向け販売価格とした行為も摘発されている。
三洋電気外5社に対する事件では、テレビメーカーがテレビの小売現金定価とそれを基準とする卸・小売のマージン・リベートの最高限度の定めをしたことを問題とした(昭和53年7月27日審判手続打切決定)。
旭硝子外5名の昭和49年4月15日勧告審決では、パークロールエチレンについての需要者渡し価格の引上決定・実施を摘発している。
法24条の2の規定はこのように極めて多様に考えられる再販売価格維持行為のうち「正当な行為」を著作物について認めたものであって、再販売価格の決定や表示のあり方等再販維持行為の具体的方法を制限的に定めているものではない。逆に言えば、出版社や取次店、書店等はその自主的判断によって再販維持行為を行ってよい、というのが同条項の趣旨なのであって、公正取引委員会が再販維持行為のうち価格を税込みとするか否かまで具体的に決めて、その方法を指定して強制する根拠は全くないのである。
3、 このように、法24条の2の規定の趣旨にかんがみれば、「再販売価格」とは事業者が決める商品の価格、即ち、書籍の本体価格であってもよいし、消費税込みの価格であってもよいはずである。
決して消費税を含む価格に限定する根拠はない。このことは法24条の2の規定の適用がない商品の場合を考えれば、容易に理解できる。すなわち、メーカーが小売店で販売する消費税込みの価格を決めてこれを維持するための行為をしても、あるいは消費税抜きの価格を決めてこれを維持する行為をしても、いずれも再販売価格維持行為として独禁法に違反することは明白である。法24条の2第1、4項はこのいずれの行為であっても「著作物」については例外的に認めていると解するべきである。したがって、法24条の2第1、4項に規定する「再販売価格」とは、仮に本体価格のことを規定していると限定できないとしても、消費税込みの価格のことを規定していると決めつけることは決してできないはずである。
公取委の「再販売価格」とは消費税込みの価格である、という主張は、法24条の2の趣旨にかんがみてまったく根拠がないことは明らかである。
六、 消費者の利益を害する公取委見解
1、 公取委は法24条の2第1項但し書きに「当該行為が一般消費者の利益を不当に害することとなる場合(中略)この限りでない。」と規定されていることをもって、消費税が含まれると解する論拠としているようでもある。
しかしながら、右但し書きの趣旨にかんがみると、逆に本体価格を再販価格と解するのが「一般消費者の利益になる」。公取委主張のごとく消費税込みの価格を再販価格と解することによって、かえって「一般消費者の利益を不当に害することとなる」のである。項目的にあげると次の通りである。
2、 非課税書店も一律3%を付加
公取委は書籍自体に3%を付加した金額を明示するよう強制した。このため、3000万円の年間売上に達しない小さな書店でも一律に3%をプラスした金額で書籍を売ることになってしまった。
便乗値上げを許さないというのが消費税導入時の政府や公取委の基本方針であった。この方針は繰り返し強調された(たとえば甲第64号証の1、3)。ところが、これに明らかに反する事態をもたらしたのは、公取委が税込み価格を表示すべきという、特定の価格表示方法を強制したためである。このため、消費者は本来支払う必要のないはずの小さな書店においても、一律3%を支払わされる被害を受けることとなった。
本体価格のみを書籍に明記し、レジで3%を付加する方式が可能であれば、このような不当な事態はありえなかった。
3、 返本の山と絶版の続出
(一)、 かかる事態は、癸木証言の詳細な内容及び原審での午下証言及び甲第100号証(出版クラブだより)の寅波H郎氏の報告書から顕著である。
寅波氏は「消費税を内税扱いにした結果、店頭の商品棚がガラガラになるくらいゴソッと返ってきた。」これは、「表示が本体価格であった店頭商品が、一斉に返品された結果が主原因だった」と述べ、書店、取次店、出版社ともに大幅な売上減と減収になってしまった、と明言する。そして、「書籍は外税扱いにすべきではなかったか」と述べている。癸木証言でもこの事実は裏付けられた。
(二)、 また、公取委の強制のために、在庫本についてシール貼り等の余計な手間と経費がかかるようになってしまった。甲第47号証(『毎日新聞』記事)には、「単行本中心で、部数の少ない本を地味に売っているスタイルの中小出版社の場合、とくにその(シール貼りの)負担が大きかった。」ため、在庫の一部を絶版にする出版社が相次ぎ、90年には「『書籍総目録』77年版以来、(流通している書籍の)収録点数が初めて減少」する事態となった、と書かれている。このことは癸木・辰口証言からも明白であり、決して大げさでなく、日本社会全体にとっても多大の損失であるのみならず、消費者にとっても著しい不利益であった。
(三)、 出版物における「消費者の利益」とは、単純に経済的側面だけでなく、「読みたい本が読める」ことでもある。売り切れて在庫がない、というならばいざ知らず、在庫があるにもかかわらず、法的根拠のない公取委の税込み価格表示の強制のために、流通の道を閉ざされ、泣く泣く断裁して絶版にせざるを得なかった事態が多数発生した。これはすべて公取委の「内税処理と税込み価格表示」の強制によるものである。
公取委は「出版社が有する在庫本を絶版にするか否かについては、各出版社の自主的な判断に任せられている事柄」などと開き直りの主張をして、あたかも絶版にすることについても出版社に責があるかのように言う。いったい誰のための公正取引委員会なのか、と強い失望感を持たざるを得ない。
自ら自信を持って出版した書籍を断裁し、絶版処分とせざるを得ない事態に直面した上告人ら出版人の心中を何と考えているのか。文化財としての社会的損失をどのように考えているのか。企画の失敗や、見込み違いの作製部数だったりした場合、それは出版人自らの責任として引き受けねばならないことであるのはしかたがないことである。しかし、それまでたとえ僅かであっても、求める読者がいて、流通していた本が、公取委による一片の「公表文」によって、突然「定価表示の変更」ができないという理由で流通から閉め出され、断裁・絶版処分とせざるを得なくなったことを、やはり出版業者の責任だと言うのか。そうだとするなら、公取委はまるで封建時代の悪代官ではないか。
(四)、 消費税導入の便乗値上げ
本体価格に3%を付加した価格が1円玉のつり銭を必要とするような金額になることが多いため、消費税導入にあたって、端数切り上げの便乗値上げが相次いだことは癸木証言等からも明らかである。
しかし、消費者にとって価格面の損失はこれだけではなかった。
公取委の税込み価格表示の強制のため、各出版社は既刊本のカバーや書籍本体の価格表示等をつくりかえることを余儀なくされ、シール貼り等の手間や経費がかかったため、これを本の価格に転嫁せざるをえなくなった。これに要した予定外の費用を既刊本の本体価格に転嫁することは「便乗値上げ」の疑念を消費者にもたれかねないので、転嫁できず、結局は消費税導入後の新刊本の原価計算時に算入するしか方法がないこととなった。その結果、消費税導入後の新刊本の本体価格はそれ以前の本の本体価格に比べて相対的に高くならざるを得ず、新刊本の1点ごとの出版社の利益は変わらないにもかかわらず、消費者にとっては不利益になる(本体価格が高くなる)こととなった。
さらに、本来ならば、書店の店頭に並べられて、その何割かが売れるはずであった本が、公取委の税込み価格表示の強制によって、みすみす販売のチャンスを失い、前述のように返本の山がつくられるなど、出版社の大幅減収も発生したことも重なって、消費税導入後の新刊書籍の値上げが不可避となってしまった。
この事情も、癸木証言と甲第108号証以下の書証で明らかとなった。
(五)、 消費税率変更時の大混乱が必至
甲第101号証の『毎日新聞』記事や甲第106、107、113、114号証などからも明らかなとおり、既に3%の現行税率をアップさせることが検討されはじめている。上告後の政治状況は税率アップの緊迫した事態を公知のものとした。このような税率変更は、既に付加価値税を導入している諸外国の例などからも、当初導入時に予見すべきことであった。
この場合の混乱は、前記寅波H郎氏の説明(甲第100号証)に数倍する事態になる、と出版業界で恐れられている(癸木証言)。
即ち、本体価格1000円の本について3%付加した価格表示をするためにシール貼りの負担が生じた。ところが、現在では多くの本が3%の消費税込みの価格で支払いやすい価格にしてある。例えば、本体価格971円、税29円で、合計1000円のように。ところがこの税率が変更になるとさらに面倒がおこる。消費税導入前の既刊本と、導入後の既刊本でシール貼りのしかたや場所も変更になるし、971円の4%や5%となると、その計算も繁雑になる。さらに、教科書のように消費税が免除になる本が出たりすると、より一層の混乱が生じる。前回の数倍の絶版が出ると危惧されるところである。
(六)、 このような様々な問題が生じるのは、公取委が再販価格が税込み価格であるという誤った前提に立って、本の価格の表示方法を強制したためである。
消費者は、消費税が3%であることは充分認識している。本体価格が本に表示しており、これに3%の税がレジで付加されることが、店頭など見やすい個所に表示してあれば、消費者にとって最終的にレジで支払うべき金額を確認することは充分可能である。
独禁法24条の2第1項但し書きの趣旨にかんがみても、再販価格には税が含まれない、と解するべきである。
1、2審ともこのような社会的損失や税率アップ後の混乱に何ら説得力ある判断を下していないことからも判決の破綻は明白である。
七、 過去の運用実情
1、 独禁法24条の2の規定は、昭和28年の同法の改正で新たに設けられた条項である。
言うまでもなく当時は消費税の如く「事業者の販売する商品やサービスの価格に上乗せされて次々と転嫁され、最終的には(中略)消費者が負担することと」(甲第95号証11頁より引用)なる税金はなかった。したがって、独禁法24条の2の条文作成にあたって、再販売価格に消費税の如き税金を含むこととするか否かについて、全く検討されていないことは明白である。丑葉証人もこれを認めている(丑葉調書第1回244)。
仮に当時消費税の如き税があれば、この間接税を含む小売価格でも、含まない小売価格でも、いずれの価格でも、著作物の場合これを、出版者が決め、拘束することを可とする条文にしたであろう。
したがって、立法者の意思を忖度してみても、公取委主張の如き主張は決して導き出されることはない。
2、 戦時中の運用例
むしろ、昭和18年に消費税と類似した「特別行為税」(甲第99号証)が実施された当時の運用例を見ると、書籍の「定価」には特別行為税を含ませていないことが明白である(甲第96、97、98号証)。
当時、書籍について現行再販制と同様の定価販売制が慣行として実施されていたことは、甲第102号証『本の定価を考える』の30、31頁に書かれているとおりである。各書籍の奥付けに記載された「定価」には特別行為税額は含まれていない。これは「定価」とはあくまで出版社が決定するものという考え方に立っているからであって、このような運用例にかんがみても、再販価格すなわち定価には消費税の如きものは含まれないと解すべきである。
1、2審判決ともに、この点について全く言及していないが、右運用実情が判決の立場と明らかに矛盾するからである。
八、 物品税の運用と本件の関係
1、 消費税導入前に施行されていた物品税法では、書籍同様再販商品とされていたレコードや化粧品の一部に対し物品税が15ないし5%の割合で課されていた。
これらはレコード・化粧品についてどのような物品税の算定・運用がなされていたかについて、以下指摘しておく。
2、 東京地方裁判所昭和49年11月26日判決(日栄電気物品税課税処分取消等請求事件、行裁例集25巻11号1514頁)の認定によると、物品税法の解釈・運用は次のようになされていた。《物品税法上第2種の課税物品の課税標準の算定方法は、原則として法11条1項2号の定めるところによるものである。すなわち、「第2種の課税物品で製造者が当該物品の製造に係る製造場から移出したもの」の課税標準は、その「移出の時において通常の卸取引数量により、かつ、通常の卸取引形態により、その製造場で行なうと否とを問わず、あらゆる購入者に対して自由に販売のために提供するものとした場合における当該物品の販売価格に相当する金額」によるものとされている。
しかし、例外的に法13条1項による課税標準の特例の適用が認められる。同条項によれば、「私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律」に規定する再販売価格(いわゆる小売価格)維持契約により、小売価格が明らかにされている物品の課税標準は、当該小売価格から販売者の通常の利潤など政令で定めるところにより計算した金額を控除した金額(控除額は、同法施行令17条、同令別表第2によれば扇風機については明示された小売価格の41パーセント相当額及び当該物品に課せられるべき物品税額に相当する金額の合計額である。)とすることができるものと定められている。》
また、右判決(1517頁)は、次のように認定している。《同法施行令17条によれば、法13条1項にいわゆる「製造場から移出される時において小売価格が明らかにされている第2種の課税物品で政令で定めるもの」とは、「私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律」24条の2(再販売価格維持契約)に規定する再販売価格を決定し、これを維持するための契約により、または大蔵省令で定める方法により、小売価格が明らかにされているものを指すのであるが、右大蔵省令で定める小売価格を明らかにする方法とは、同法施行規則12条1項によれば、当該物品をその製造に係る製造場から移出する前において、当該製造者などが一般日刊新聞に小売価格を広告する方法、あるいは、同じく製造場から移出する前において、当該製造者などが当該物品又は当該物品の包装、容器、説明書等で消費者に入手されるものに小売価格を表示する方法を指すものであることが明らかである。》
3、 このように物品税法11条1項2号にいう「当該物品の販売価格に相当する金額」とは、再販商品については法律上も特例が明記されており、その法律上の規定に基づいて物品税法施行令が定められ、再販価格即ち小売価格からその41%相当額と物品税額相当額を控除した価格が物品税の課税標準額とされていたのである。
4、 新たな税制の廃止・導入にあたっては様々な法制度に影響が及ぶことから、当然のことながら法律上細かい規定が必要となる。
特に物品税や消費税の如く、商品の流通過程に課税の網をかける税制の導入にあたっては、課税評価のあり方など純粋の税制のみならず、本件の如き再販制度にまで様々な影響をもたらすのである。
前記判例は、特定商品の蔵出し時の表示との関係で税額が問題となった事例である。このように間接税の導入にあたっては表示上も種々の問題が不可避的に生じるのである。
従って、右に述べた物品税法13条1項の如く、再販商品等について別段の配慮をした法律が必要となる。
5、 ところで消費税導入にあたって再販商品について如何なる法律上の配慮がなされたか。
なにもなされなかった。
少なくとも、再販商品の表示のあり方について、これをどのようにするか法令上何の規定もおかれなかった。
何故特段の法令が設けられなかったのだろうか。
理由は明白である。梅沢公取委委員長が国会でも答弁しているように、立法担当者が事業者の自主的判断に委ねるという選択をしたからに他ならない。即ち、レジ転嫁方式か、書籍等本体に表示をするか等の選択については、業界の帰趨に委ねることにしたのである。
もしそうでないのなら、消費税の如き商品の末端価格の表示のあり方に影響を及ぼすべき重要な新税制について、物品税法11条や13条及びそれに基づく施行令の如き具体的な法令が定められなければならないはずである。
物品税については、前述のとおり、再販商品についてどのように取り扱うかについて、きわめて具体的な法令が定められた。この法令によれば、事業者(メーカー)は何の疑問もなく蔵出し時に物品税額を再販価格(小売価格)に上乗せして表示することになるし、法令上そのような運用が当然のこととされている。
しかしながら、消費税についてはこのような規定がない。
6、 被上告人は本年9月28日付準備書面(一)13頁において「物品税と消費税は……独占禁止法24条の2の規定の解釈上その取扱いを異にする理由はない」と主張する。しかし、物品税については右に述べたように、再販商品についての具体的取扱いを明記した法律上の規定があり、消費税についてはそのような規定はない。そうである以上、消費税について被上告人が主張するように、消費税込み価格が再販価格であり、しかもその額を表示すべきとする法的根拠がないことは明白である。
原判決はこの点について全く触れていないが、このことからも原判決の誤りは明白である。
九、 消費税法の趣旨
1、 消費税法第4条1項は「国内において事業者が行った資産の譲渡等には、この法律により、消費税を課する」と定める。同法2条8号で「資産の譲渡等」とは、「事業として対価を得て行われる資産の譲渡及び貸付並びに役務の提供」であると定義している。
書籍の販売について言えば、書籍の譲渡(販売)に消費税が課されるのである。
そして、消費税法28条は課税標準について次の通り定める。
「課税資産の譲渡等に係る消費税の課税標準は、課税資産の譲渡等の対価の額(対価として収受し、又は収受すべき一切の金額又は金銭以外の物若しくは権利その他経済的な利益の額とし、課税資産の譲渡等につき課されるべき消費税に相当する額を含まないものとする。以下この項及び次項において同じ。)とする。」
つまり、「対価」=本体価格に賦課されるものが消費税だと、消費税法には明記されている。
2、 このことを書籍の典型的な取引実例に即してみると次のようになる。
書店において本体価格1000円の書籍は、通常、出版社から取次店にその7割、即ち700円で卸される。取次店はこれに通常、本体価格の8分、80円のマージンを乗せて780円で書店に納品する。書店はこれに本体価格の2割2分、即ち220円の利幅を加えて消費者に売る。これが消費税を除外した一般の取引例である。
これに消費税が付加されるとどうなるのか。
出版社は700円の対価に3%を加えた721円で取次店に卸す。取次店はこの721円にマージン80円を乗せた801円に3%を加えるのではない。これでは取次店が出版社に支払った消費税額相当分の21円にまでさらに3%が付加されてしまうことになるからである。取次店は700円の仕入れ価格に80円のマージンを乗せて780円とし、これに3%の23円(小数点以下四捨五入)を付加した803円で書店に納品するのである。
書店も同様である。803円に220円の利幅をのせた1023円に3%を付加するのではなく、あくまで780円の消費税抜きの金額に220円の利幅を乗せた1000円の3%を付加するのである。
もちろん、消費税はこの3段階以外に、印刷代、紙代、製本代、運賃等各レベルで付加されるのであるが、その付加の方法は前記の通りである。したがって、原審の原告準備書面(二)で詳論したように、21通りの価格が生じうることになる。
このような消費税の基本的システムは甲第95号証において簡潔に説明されている。
即ち「消費税は、事業者に負担を求めるのではなく、税金分は事業者の販売する商品やサービスの価格に上乗せされて次々と転嫁され、最終的には……消費者が負担する」(11頁)ものである。このように大蔵省主税局の解説書に、消費者が負担する税が消費税であると明示してあるのである。
3、 この訴訟で問題となっていることは、消費税を誰が納税するかではなく、消費税を誰が負担するかである。
徴税方法の技術的問題として、消費者が支払う消費税は「税相当分」であるが、税の負担者は消費者であることは間違いない。つまり、納税義務者が事業者であるか消費者であるかは、この訴訟では問題ではない。
さらに言おう。「消費税法取扱通達」(昭和63年12月30日付 間消1-63国税庁長官通達、甲104号証)によれば、消費税法28条について次のように解説している。「10-1-1 法第28条第1項本文(課税標準)に規定する『課税資産の譲渡等の対価の額』とは、課税資産の譲渡等に係る対価につき、対価として収受し、又は収受すべき一切の金銭又は金銭以外の物若しくは権利その他の経済的利益の額をいい、課税資産の譲渡等について課されるべき消費税に相当する額を含まない(以下省略)。」
つまり、「収受すべき対価」というのは、名目上の価額ではなくて、「その譲渡等に係る当事者間で授受することとした対価の額をいう」と記されている。出版物の場合、「当事者間、つまり書店と消費者でやりとりした金額が対価であり、これには税が含まれていない」ということである。
公取委や原判決に従うなら、「書店と消費者間で実際にやりとりした額には消費税は含まれており、それには消費税相当額は含まれていない」という、自己矛盾になってしまう。
なお、消費税法28条の「課税標準」の規定は、納税にあたっての税額算出のための規定であるから、現実の小売店頭での金銭の授受とは関係ない、と原判決は言っている。しかしながら、課税標準を再販価格としてはいけない、という明確な法的根拠は何らないのである。むしろ前述したように、税制改革法で「商品の価格」に消費税相当額を上乗せする、と規定されているのであるから、消費税法28条の課税標準の額が税制改革法11条でいう「商品の価格」と同一のものであることは明らかであり、しかもそれには消費税相当額が含まれていないことも、また説明を要しない。それが対価であって、なおかつ独禁法24条の2で規定される再販売価格でもあると解しても、独禁法の解釈においても何の矛盾もないのである。
4、 消費税の前述した性質にかんがみて「対価」に消費税が含まれないことは同法28条から、右のとおり明白である。
ところが公取委は、乙第27号証や東京地裁判例の表現を歪曲して誤った主張をくりかえしているので、念のため付言しておく。
(一)、 第1に、乙第27号証「租税法第3版」530、531頁の論述は、前述した消費税が対価に含められないという、同法28条の法令と矛盾することを述べたものではない。右論述は、消費税の最終的な負担者が消費者であることを説明するものである。
即ち、たとえば前述した典型的な取引例について述べると、取次店が負担した消費税額21円は、書店の納品する際に支払われる803円に含められ、書店が負担する23円の消費税も消費者が支払う1030円に含まれるので、結局書籍にかかる消費税は消費者が負担することになる。この原理を「事業者が行なう取引に課される消費税相当額は、その提供する物品又はサービスに含められて転嫁される」と表現したものであって、ここに言う「対価」は消費税法上定められた「対価」とはまったく異なった意味で用いられているのである。
公取委主張は、このような法文上の解釈を歪曲したものである。
(二)、 第2に、東京地裁平成2年3月26日判決中公取委が引用する部分については次のとおりである。
右部分は、商品購入の際、消費者が支払う代金の中に含まれている消費税相当分は直ちに税として国庫に帰属するのではなく、いったん事業者の手元に残る当然のことを述べたにすぎない。即ち、右部分は、右訴訟で原告が主張した消費税の納税義務者は消費者であるという主張を排斥して、仕入税額控除制度の適否について判断する前提として述べたものである。
たとえば、書店において消費者が本体価格プラス消費税として1030円を支払った場合、この30円部分は納税金として別途処理されるのではなく、いったん書店の手元で自由に処理できる資金となる。このことを右判決は「対価の一部としての性格しか有しない」と表現したものであって、消費税法上の「対価」であると述べているのではない。もちろん、この30円が再販価格に含まれると述べたものでないことは明白である。
一〇、 ヨーロッパ各国の立法・運用
現在、書籍について再販行為が認められ、しかも消費税と同じ性質を持つ付加価値税が徴収されているドイツ、フランス、イギリス等の各国ではどのような運用がなされているのであろうか。
1、 まずドイツであるが、同国内で販売される書籍には必ずしもその価格が表示されていないことが、乙第22号証の1から明白である。
(一)、 ドイツでは日本と異なり、再販表示取締令があって、書籍についても「価格標または商品に」最終価格を表示すべきことが明記されている(乙第29号証の同令1、2条)。
そこで、甲第92号証の1や乙第23号証の1のように、本にも付加価値税込みの価格を表示しているものもある。しかし、本には価格を表示せず、店頭の表示札等に日本の八百屋、魚屋同様の形状で価格を表示している例も多数存在する。
このような例からみても、ドイツの価格表示取締令の如き法令がないわが国において、本に税込み価格を表示させる法的根拠がないことは明白である。ドイツの運用令に倣って、レジの段階(消費者が書店に代金を支払うとき)で税込み価格が明示されればそれで足りるのである。
(二)、 なお、公取委は乙第28号証のドイツ連邦カルテル庁の公表文をもとに、同国で認められる再販維持契約中の再販価格を付加価値税額を含むものに限定していると主張するかのようである。しかし、右公表文からもドイツ国内で再販価格として税込みの価格を指すか、それとも本体価格のみを指すかが論議の対象となったことが認められる。確かにドイツ当局は前者を選択してはいるものの、それはいわゆる値幅再販を認めないこととしていることや、日本と異なる付加価値税の上乗せの特殊な運用規定があることとの関係が否定できず、わが国と同一には論じがたいものである。
しかも、右公表文も再販維持契約の合意内容がどうあるべきかという点について指定したものであって、決して本に表示すべき価格の表示方法のあり方について指定したものではない。
本自体にどのような表示をするかは、右資料によっても、午下証言のとおり出版社の自由選択となっていることが認められる。
このようにドイツでは、本体価格に付加価値税額をプラスした価格を本に表示することまでは法令もカルテル庁の公表文も強制していないことは明白である。本に表示するか、店頭表示にするかは、出版社及び書店の判断に委ねられているのである。
2、 次にフランスであるが、同国でもわが国と異なる法令を前提として運用されている。
即ち、「1981年書籍の価格に関する法律」(乙第30号証)から明らかなとおり、出版社はその末端小売り価格を定め公衆に知らせる法律上の義務がある。そのため出版社はその価格を本に表示している。しかしながら、その価格が付加価値税を含むか否かについて法律上明記されていない。このため、甲第93号証や乙第24号証の1、2のとおり「FFtc」即ち、税込み価格であることを明示してその価格を本に表示しているのである。また、同国のフランス経済・財務民営化省(わが国の大蔵・通産・経済企画庁等の権限を合わせた省)の省令では、消費者が実際に支払う税込み価格を、シール又は値札等の方法で表示するよう定めている(乙第32号証)。
ただし、同国では乙第30号証の法令から明らかなとおり、95ないし100%の値幅再販としており、しかも、再販価格に例外的にサービス料等を付加することまで認めている(甲第93号証はその実例であろう)。したがって、本に表示された税込み価格が消費者の支払う額で固定しているわけでもない。
このような法令や運用の実情をみても、わが公取委のように、消費税=付加価値税の税額まで明記するような表示を本にすることまでは強制していないのである。要するに税込みか否かを明示して本に価格を表示し、また書店で消費者が購入する際に支払うべき額が店頭等に表示されていれば足りるのである。公取委の税額表示の強制は、法的には何の根拠もないことが、フランスの法令及び運用実情からも明白である。
3、 イギリスの場合、甲第94号証のように、本には価格がまったく表示されていない例すら多い。もちろん、乙第25号証の1のように「net」即ち、拘束価格の表示がある例も存在するが、要するに書店で消費者が購入する際に支払うべき価格が店頭表示されれば足りる、という考え方に立って運用されているのである。
4、 スウェーデンでは、以前書籍について再販行為が認められていたが、現在では廃止されている。再販行為が認められ、かつ付加価値税が実施されていた当時に、スウェーデンに居住していた午下証言及び甲第90、91号証によると、「再販価格とは税込み価格である」という公取委が主張するような立場で運用されていなかったことが明白である。
即ち、短期間で売り切ってしまうような甲第90号証の如き児童向けの本では「定価4.85クローネ含む10%税(合計)5.35クローネ」と本に表示されている。しかし、長い年月をかけて売る甲第91号証の如き本については、本の表示は「定価11.5クローネプラス税」と書かれているだけである。長期間のうちに付加価値税の税率が変更することもありうるために、税率や税額等は本に表示できないのである。
しかも「PRIS」即ち定価は税を含まないものであるという立場に立って本に価格表示がなされているのであって、再販価格には付加価値税を含むものという考え方に立っていないことが明白である。
5、 なお、書籍について再販が認められているわけではないが、アメリカ合衆国においては、州ごとに消費税率が異なっており、書籍本体に定価表示がないことはもちろんのこと、税込価格を表示させるような措置を講じてもいない。このことは、丑葉証人も認めている(丑葉調書第1回65~72)。
6、 ドイツ、フランス両国の立法例に倣って、再販価格とは税込価格を指すと法律上明記することは、立法政策上ありうることかもしれない。しかし、わが国ではこのような立法はしていない。逆に言えば、再販価格として本体価格をとるか税込価格をとるかについては当事者の意思や、独禁法24条の2の解釈に委ねたと考えられるべきである。
1、2審ともに、このような諸外国の運用とわが公取委公表文の顕著な違いについて何ら述べていない。判決の破綻は明白である。
十一、 再販価格に消費税を含むとする根拠の不存在
1、 以上述べたとおり、少なくとも原判決が決めつけるような消費税込みの価格を再販売価格と決め付ける法的根拠はどこにもない。
原判決の右判断部分は何ら法律上の根拠を指摘するものではない。
独禁法24条の2を素直に解釈すれば、再販価格とはメーカーたる出版社と書店で自由に契約上定めうる本体価格でも、あるいは税込み価格でも、どちらもありうると解すべきである。
2、 上告人らは公正取引委員会がこれほど根拠薄弱なのに再販売価格は消費税込み価格であるという考え方に固執したのは、業界で最も大きな力を持つ雑誌協会の意向を受けたものではないかとの疑念を禁じ得ない。
癸木証人が「3つの怪」の2つめの「怪」として指摘したように、雑誌協会加盟の出版社が発刊する雑誌は、消費税導入を機に便乗値上げをした。端数を切り上げて、例えば170円だった『少年ジャンプ』は175円でなく、税込み180円にしたのである。(癸木調書7丁裏、甲第8号証の1、甲第8号証の2号証)
雑誌協会の意向としては、キオスクで1円単位の端数処理は無理として、税込み価格を「丸まった数字」にする必要があるとの本末転倒の論理を早い時期から主張していた(癸木調書11丁表)。便乗値上げを可能にさせる論理である。
この雑誌協会の論理を早い時期からサポートしたのが公取委の「再販売価格は消費税込みの価格」との論理であった。消費税導入の半年以上前の88年8月19日時点で、雑誌協会を中心とする再販本部委員会が、公取委の右論理にサポートされた形で内税を採用し、税込み表示をするべきであり、そうしないと公取委の意向に反することとなって再販制度自体が危なくなるという誤った情報が文書でも流布されたのである(癸木調書5丁)。
ねぎやパンなどの日用品さえ外税で小売りされているのに、何故書籍・雑誌だけが消費税額込みで価格表示されなければならないのか。何故書籍・雑誌などを売る本屋だけが1円玉の取扱いをできないというのか。この当然の疑問に対する説明が最後までなされないまま、公取委の意向であるという錦の御旗がまかりとおってしまった。何故公取委は、88年8月という早い時点で再販売価格は消費税込み価格という根拠のない考え方をまとめたとして雑誌協会に公表を許したのか。雑誌協会の意向に沿って見解をまとめれば、自ずから出版業界はまとまるはずという安易な便乗が本当になかったといえるのか。上告人らは便乗値上げを策する雑誌協会の意向に公取委が乗せられてしまったという疑念を提起せざるを得ない。
3、 念のため、再販が認められていない一般の商品について、どのような価格表示の方法を公取委が指導しているかについて述べることとする。
公取委は1988年12月30日付けで「消費税の転嫁と独占禁止法についての手引き」と題するガイドラインを公表し、その徹底を図るとともに、指導・摘発を行った(甲第59号証の1、2、3及び甲第63号証)。
右ガイドライン中「(2)消費税についての表示の方法の決定の内容」についてみると、公取委は「消費税抜き価格と消費税額とを並べて表示すること」を認めるとともに、「店頭などに『店頭表示価格は消費税抜きの価格です。御買上の際レジで消費税額を合わせてお支払い下さい』と掲示の上、レシートに消費税額を表示する」ことも、表示の具体例として認めている(甲第59号証の3、22頁)
このような「全体の買上が終わった段階で、レジの段階でまとめて3%いただくという取り決めをし、かつそれを店頭に表示するということも」可能であることは、梅沢公取委委員長も昭和63年11月4日の国会答弁で説明しているところである(甲第71号証、19頁)。
これは、店頭表示価格が消費税込みでも消費税抜きでもどちらでも、事業者が自主的に選択できることを認めたものである。
再販商品についてこのような表示方法と異なり、特にレジ転嫁を認めない理由が、いったいどこにあるのか。
甲第59号証の2の卯口I介公取委企画課長の論文10頁によると、化粧品等「指定再販商品については、事務作業の混乱を防止するためには、消費税を外枠表示することとすべきであるとの意見があった」と明記している。この外枠表示にはレジ転嫁の上レシートに消費税額を表示する方法も含まれるはずである。少なくとも再販価格に消費税が含まれるという考えに固執したものとは考えられない。
公取委の誤った思い込みにより、本来上告人等出版社をはじめとした業界で自主的に決めるべきところを、公取委がその強権力でミスリードして上告人等に不当に被害を及ぼし、さらに本の値上げ、相次ぐ絶版等により消費者に多大の被害を及ぼしたのが、本件訴訟の最大のポイントなのである。
第三 憲法上の自由の侵害
一、 表現の自由(憲法21条)の侵害について
書籍に価格を表示するにあたり、消費税込みの価格を表示するか、税抜きの本体価格のみを表示するか、あるいは、価格を表示しないか、は表現の自由の問題であり、本来自由であるべきである。
しかし、内税表示を強制した本件公表文が違法であるという上告人らの主張に対し、原判決は、本件公表文は、いくつかの表示方法を例示したに過ぎず、内税表示を強制していないので適法であるとしている(原判決17、18頁)。また、本件公表文の公表自体を争うことはできず、本件公表文に違反した後に排除措置等があれば、その後に争えば足りる(原判決10頁)としている。
現段階では、上告人らは、外税表示をしたら排除措置等を受けるおそれがあり、自ずと公取委の見解に従う表示しかしていない。原判決は、それに文句があるなら、外税表示をしてみて、実際に排除措置を受けてから争えばよいとしているのである。そして、なによりも、再販制度下での流通事業者が、公取委の公表文を根拠として、外税表示の出版物は取り扱えないとしているため、外税表示を実行することは自ら倒産の道を選ぶことにほかならないのである。
しかし、定価をどのように表示するかは、表現の自由に関する問題であり、それに対する抑制は、原則として許されないのである。
たしかに、事後的に排除措置を受けるか否かの問題であるようであるが、本件公表文が公表されたことにより、出版社はそれに反する表示(外税表示)をすることに恐れをなし、公表文に従わざるを得ない状況に追い込まれたのである。
従って、本件公表文自体について取消の対象としなければ、表現行為は萎縮されてしまうのであるが、原判決はそれを見過ごし、たやすく取り消しの対象とならないとしており、明らかに表現の自由を侵害する判断を行っている。
実際に、本件公表文が公表されたことにより、出版界のなかで外税表示を支持する見解が急速に縮小し、現段階では外税表示をした再販出版物は皆無の状況である。
このように、本件公表文の公表によって外税表示の自由が奪われたのであるから、本件公表文が表現の自由を侵害していることは明白であり、本件公表文は直ちに取り消されるべきであるのに、原判決は取り消さなかったのであり、原判決の破棄は免れない。
二、 国民の知る権利の侵害について
表現の自由(憲法21条)に国民の知る権利が含まれていることは、御庁の認めるところである(最判昭和44年11月26日決定、刑集23巻11号490頁)。
本件公表文が公表されることにより、シール貼り、カバーの掛け替え等多大な出費を強いられた出版社は、採算が取れない書籍について絶版とし、およそ2万点以上の書籍が絶版となったのである。それによって、国民の知る権利が阻害されたのである。
とくに、絶版となった書籍の多くは、少量しか出版されない学術的に価値の高い出版物であり、国民の知る権利の侵害の度合いは非常に高いものである。しかし、原判決はそのような国民の不利益について全く顧みることなく、簡単に本件公表文の公表を適法であるとしているのであり、破棄は免れない。
三、 営業の自由の侵害について
営業の自由について、御庁は、憲法22条1項の職業選択の自由を含めて憲法上の権利として認めている(最判昭和50年4月30日判決、民集29巻4号572頁)。
原判決は、消費税率が変更された場合においても、事業者としては、右消費税相当分を小売り価格に上乗せするか否かを決定する自由を有するものである(原判決16頁)と判示している。つまり、現行の消費税3パーセントが7パーセントになった場合、現在「定価1000円(本体価格971円)」の書籍について、「定価1000円(本体価格935円)」のままで販売しても、「定価1039円(本体価格971円)」で販売してもよいのであるとしている。
しかし、この論法は、増税と値上げとを混同するものである。これでは、増税があった場合に、消費税相当分を価格に上乗せすることが、即値上げと判断されることになってしまい、出版社が増税分を負担せざるを得なくなり、多大な経済的負担を強いられることになってしまい、出版社の営業の自由は侵害されてしまう。
初めから、本体価格のみを定価として表示し、レジで消費税を転嫁させれば、このような営業の自由侵害の問題は生じないのである。ところが、原判決はそれを見過ごし、結果として営業の自由を侵害する判断をしており、破棄は免れない。
四、 法律による行政違反について
行政権限の行使は、法律に基づかねばならず、法律に根拠のない行為を行政機関がなすことはできない(法律による行政、あるいは法治主義)。憲法に明文はないが、憲法の大原則であることに異論はない。
ところが、原判決は、法律に定めのない行政行為(本件公表文の公表)を適法であるとし(原判決19頁)、右の大原則に反する行為を簡単に適法であると判断し、憲法の解釈を誤った。
とくに、本件公表文の公表は、前述のとおり、表現の自由、営業の自由を侵害する侵害的行政処分であるから、なおさら法律の根拠が必要な行政行為であるのに、原判決はそれを見過ごし、たやすく適法であると判断しており、破棄は免れないものである。
以上